2014/10/15    23:41

言論を封じ、日本人の価値観を変えてしまったアメリカの占領政策とWGIP

①「終戦」と「降伏」


多くの日本人は、戦中・戦前の日本は、軍国主義の国でアジアを侵略し、悪いことばかりをしてきたというイメージをお持ちではなかと思います。学校でそのように教わり、マスコミでもそのように報じられていますからそう受け止めて当然かもしれません。それが本当かどうかを今後検証していきたいと思います。

太平洋戦争〔大東亜戦争〕(1941~45年)で日本は、アメリカをはじめとする連合国と戦争になり敗戦しました。「終戦記念日」といわれるのは昭和20年(1945年)8月15日ですが、この日は玉音放送と呼ばれる昭和天皇の「終戦の詔書」がラジオで流され、日本国民が日本の降伏を知った日です。しかし、この日は日本が降伏を受け容れる前提で戦闘を停止した日に過ぎません。正式な降伏は、9月2日の降伏文書調印によります。


②アメリカ軍の占領


その後、アメリカ軍(GHQ)は昭和27年(1952年)4月28日まで日本を占領統治します。(その間、日本には主権はなく、戦闘は終わりましたが、厳密にいえば戦争状態継続の期間です。)その間、アメリカ軍が行った占領政策は、民主化・自由化を旗印に「War  Guilt  Information  Program 」(ウオ-・ギルト・インフォメーション・プログラム:戦争贖罪宣伝計画、以下WGIP)という策謀を伴いながら行われました。

WGIPの目的は、日本人にこれまでの戦争に関して罪悪感を植え付け、二度と再びアメリカに立ち向かうことのできないように、日本人の精神を骨抜きにすることでした。日本の歴史を暗黒の歴史と決めつけ、日本は侵略戦争を行ってきたとの価値観を押しつけるものでした。

アメリカは、東京国際軍事裁判(1946年5月3日に開廷され、1948年11月12日判決)を行い日本の政治家と軍人で指導的立場にあった人々を裁き、絞首刑にしたり、禁固刑にしたりしました。この裁判は、「裁判」とはいうものの、実態は戦勝国が敗戦国日本の指導者を裁判の体裁をとって処刑するための「リンチ」というべきものです。例えていえば、暴力団同志の抗争の末、勝った方が裁判官となって、負けた方のリーダーを裁判の形で裁き処刑するようなものです。この裁判は、国際法や刑法の原則からすれば瑕疵のあるものです。いわゆるA級戦犯なるものもこの裁判から生まれます。この裁判については改めて触れてみたいと思いますが、この裁判を正当化し、日本人の反発を抑えるために計画・実行されたのがWGIPなのです。
 

③ウオ-・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)


具体的には、GHQは日本の新聞に「太平洋戦争史」という連載記事を1945年12月8日から10回掲載します。体裁はあたかも日本の新聞社が自主的に連載を行っているかのように見せかけてのことです。これによりアメリカの「太平洋戦争史観」が日本人に浸透し始めました。「太平洋戦争史観」とは、この戦争を正義の民主主義国アメリカ、イギリス、ソ連などが、悪のファシズム国家日本と戦い破ったとする歴史観です。正義対悪という短絡的な構図を描き、その歴史観を日本人に植え付けるために「太平洋戦争史」はアメリカ軍によって書かれ、日本の新聞に載りました。

しかし、アメリカの沖縄に対する残虐なる侵攻、東京大空襲、広島・長崎の原爆投下など、民間人に対する無差別殺戮が正義なのでしょうか。ソ連は民主主義国だったのでしょうか。また、ソ連軍は、アメリカとのヤルタ秘密協定(1945年2月)に基づき日ソ中立条約を一方的に破棄し、満州で日本に攻撃を仕掛け、日本人の女性を強姦後虐殺し日本兵60万人をシベリアに強制連行し、凍土で強制労働をさせ、その約1割を死に至らしめました。(100万人を超える抑留者がおり死者34万人超との説あり)ソ連軍はさらに千島列島に一方的に攻め込み、今日に至るまで千島列島(「北方領土」)及び北緯50度以南樺太を不法占拠(侵略)しています。これらの行為のどこに正義があるのでしょうか。

太平洋戦争終了後、アジア、アフリカでは、次々と欧米白人国家から独立する有色人種の国々が出現しました。昭和30年(1955年)の第1回「アジア・アフリカ会議」(インドネシアのバンドン)では、参加した独立した国々の代表から「日本がアメリカやイギリスと戦ってくれたおかげで植民地から解放され、独立できた」と日本に対する賞賛が次々と述べられたのでした。こんな事実は教科書にも載っていませんし、教員も教えません。

しかし、WGIPによる「太平洋戦争史観」では、このような日本の「義」は無視され、潰されました。そもそも「太平洋戦争」という名称には、上述したアメリカの価値観が込められています。本来、我が国では閣議決定により「大東亜戦争」と呼んでいましたが、占領後アメリカ軍によりその使用が禁止されました。以来、「大東亜戦争」は徐々にあらゆる文物や放送などで使われなくなりました。その影響で今日「大東亜戦争」などというと聞く側に違和感を与え、「右翼」とレッテルを貼られかねません。GHQによる洗脳の痕跡です。

また、GHQは日本のメディア(新聞、ラジオ、雑誌など)が、原爆投下を批判することをはじめ、「GHQに対する批判」、 「極東国際軍事裁判批判」、「GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判」、「検閲制度への言及 」、「アメリカ・ロシア・英国・中国他連合国、朝鮮人、国家を特定しなくても連合国一般、満州における日本人取り扱いについて、それぞれへの批判」、「占領軍将兵の犯罪の報道」、「連合国の戦前の政策に対する批判」、「第三次世界大戦への言及」、「冷戦に関する言及」、「戦争擁護・神国日本・軍国主義・ナショナリズム・大東亜共栄圏その他の宣伝」、「戦争犯罪人の正当化および擁護占領軍兵士と日本女性との交渉について」、「闇市の状況」、「占領軍軍隊に対する批判」、「飢餓の誇張」、「暴力と不穏の行動の煽動」、「虚偽の報道」、「GHQまたは地方軍政部に対する不適切な言及」、「解禁されていない報道の公表」を国民には知らさぬように日本政府に命じました。これをプレスコードといいます。

私が一番許せないことの一つに「GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判」を禁じていることです。すなわち、これは日本国憲法そのものが、日本人によって作られたものでないことをGHQ自身が認めた証拠だと思うのです。しかも日本国憲法成立は、占領下で日本に主権のない時代のことです。それ自体、国際法違反の疑いがあり、「日本国憲法無効論」が出てくるのも当然と思えます。しかし、そんなことは今日でも公教育の場でおおっぴらに言えません。教育現場は未だにプレスコードを守り続けているのです。
これに引っかかると新聞ならば発刊停止、雑誌ならば出版停止に追い込まれます。それを恐れ、メディアはGHQの意に反する内容を載せないように先回りして自己検閲をするようになりました。一方で、戦前に発刊された白人国家の植民地支配の非道さなどに触れた約7700点以上の書籍は、GHQ指示で図書館などからくまなく集められ焚書(書物を焼却する行為)されました。

ラジオではNHKが「真相はかうだ(こうだ)」を放送しました。これは、ラジオドラマであり、内容は日本軍の残虐行為をあること、ないことあげつらい、日本の戦争指導者たちへの嫌悪感を国民に抱かせ、東京裁判に正当性を持たせようとする底意がありました。NHK、つまり日本人が制作する番組を装っていましたが、脚本はすべてGHQの手によるものであり、その指示によりNHKが放送させられていたというのが真相です。これが「真相はこうだ」の「真相」です。

さらにGHQは日本の映画会社に日本軍断罪の映画を作成させ、国民に罪悪感を浸透させていきました。
この様な占領政策が行われ、日本人に戦争に対する贖罪意識、日本の歴史に対する否定的観念とそれに伴う自信喪失をもたらしました。実はGHQは占領開始当初より、日本人の私信を検閲しており、それらの内容から日本人は戦争についての罪悪感は本来持っておらず、戦争に負けたのは資源・物量において劣っていたためであり、道義的に劣っていたわけではないと思っていたことを把握しました。そこで、実行したのがWGIPだったのです。

さらに、深い真実に触れると、当時の戦争前からアメリカ政府や戦後のGHQの中には、コミンテルン(国際共産党)のスパイ・工作員が入り込んでいました。彼等は、日本の共産主義革命を画策し、日本の体制(皇室制度)や日本人の精神性や誇りを弱体化させるためにGHQの政策に影響を及ぼしていきます。それが財閥解体、農地改革、教職員組合(日教組)の結成などに反映されました。
 

④公職追放と教職追放


以上の占領政策は、日本人の価値観を大きく変えていくことになります。WGIPと戦争当時の指導者を絞首刑台に送り込んだ東京裁判は、日本人に過去を否定するメンタリティーを持たせました。そして教育はその影響を受けるようになります。

さらに教育に大きな影響を与えたものがGHQによる公職追放と教職追放です。公職追放は、戦前・戦中に戦争に荷担したとされる人物を政府の要職や民間企業の要職などから追放するものです。この追放を受けた人の中には、国立大学(帝国大学)の大学教授がおりました。その人たちが抜けた人材不足の大学に、代わりに入り込んできたのが、これまで日の目を見なかった左翼系、つまり、日本を社会主義、共産主義の国にしたい学者達です。彼等は、大学を革命の拠点とするべく学生を教育します。教育学、歴史学、経済学、法学etc.・・・。そして、彼等に教育された教え子達が、教育、マスコミ、官庁などの分野に進出し日本社会に影響を与えます。大学教員は、後釜には自分の息のかかった弟子を推薦しますから、左がかった大学教育は再生産されるのです。

また、教職追放では、師範学校出身の小中高校にあたる学校の教職員約11万人が教職を離れています。ある者は「軍国教育をやっていた」という密告により、ある者は密告を嫌い自らすすんで退職しています。しかし、師範学校出身の教師は、教育熱心で人格的にも優れた者が多かったため、教育界にとって、いや日本にとって大きな損失でした。代わりに、GHQと文部省からお墨付きをもらった日教組の、単なる「労働者」としての教員が教育現場に入り込みます。さらに年代を経て、上述の大学教育を受けた学生が教壇に立ち、日本の教育は偏向していくのです。今日、定年で教壇を去りつつある「団塊の世代」の教員の姿(人にもよりますが)を思い浮かべるとその雰囲気が理解できるかもしれません。

加えて教育界に影響を与えたものには、ソ連の台頭、中華人民共和国の成立をはじめ東欧の社会主義国の存在があることも忘れてはなりません。

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