2017/01/13    10:46

LINE時代に、書簡文学は死ぬか

女性誌のベテラン編集長に「2016年ほど忙しい年はなかった」と言わせるほど、昨年はスキャンダルに事欠かない年だった。特に、有名人の不倫の話題はめったにない”豊作”ぶり。「ゲス不倫」という、あまり美しくない流行語も生んだ。

その渦中にあった女性タレントは、この正月、スマホアプリLINEのCMに5年ぶりに再登板した。不倫相手とのLINEを通じたやりとりが流出したことが騒動のきっかけだったことを思えば、なんとも因縁めいた出来事である。

この不倫騒動は、当たり前のようで、実は重要な事実を明らかにしていた。そう、現代の恋人たちはLINEで連絡を取り合うのである。

昔なら自筆でしたためた手紙をやり取りしていたものが、それが自宅の固定電話になり、各自が持ち歩く携帯電話になり、電子メールになり、そして今ではチャットアプリになった。手紙が届くのを待ちやきもきする時間も、今では存在しないのかもしれない。気の利いた表現が思いつかなくても、手持ちのスタンプを選べば、気軽に気持ちを伝えることもできる。

インスタントに連絡を取り合えるようになって、世の中はすっかり便利になった。しかし、もし現代の私たちのことを未来の歴史家が研究しようとしたら、彼らにとって今ほど不利な時代はないかもしれない。

かつてなら恋人同士は、手紙を交換しあった。手紙の文面は、自分の頭で考え、自分の言葉で書きつづるものだ。いかに型にはまった文章を書こうとしても、個性は隠しきれない。一字一句、教科書の丸写しだったとしても、少なくとも筆跡は、その人のオリジナルなものだ。

そして、わざわざ手紙を書き、郵便に出すからには、それなりにまとまった文章である必要がある。手紙はそれ自体が、一つの作品である。だから歴史上の偉人の「書簡集」は本になり、そこには文学的な価値が生まれる。

ヨーロッパに覇を唱えたあのナポレオンでさえ、パリに置いてきた恋人が浮気していないかをいつも気にかけ、よく手紙を書いた。病的なほど恋い焦がれていたことが伝わってくる表現の数々は、現代では真似できないだろうが、ナポレオンという人の内面をうかがい知る上でとても興味深い。

そうした楽しみは、LINEの時代に、失われてしまうのだろうか。昔なら、恋人を喜ばせようと腐心して一つ一つ書いた手紙の表現が、すべてスタンプに置き換えられるとしたら、後世の歴史家は私たちの内面をどこまで知ることができるだろうか。親指を突き出す同じ「サムズアップ」のサインだって、送信するその時々で、私たちのニュアンスは微妙に違うかもしれない。そうしたことを、彼らはどこまで感じ取れるものだろうか。

スタンプのやり取り--LINE上の”スタンプラリー”--が並んだログを目の前に、途方に暮れる歴史家の姿が目に浮かぶ。

電子メールであれば、まだ表現を練るだけの余白が存在した。だが、チャットに長文を書く人はまずいない。「あのさあ」「うん」といったレベルのインスタントな言葉の断片と、スタンプの画像の羅列から、今の時代のなにを読み取れるのだろう。しかも、電子データなど一瞬で消すことができる。私たちの現代の暮らしを知ろうとする歴史家の研究に値する材料は、後世にどれだけ残るだろうか。

コミュニケーションが飛躍的に便利になった一方で、死のうとしている文化がある。それは手紙という連絡手段だけではない。自分の頭で考えをまとめ、自分の言葉でそれを表現するという活動は、私たちの暮らしの中で、確実に”住みか”を奪われている。

だが、悲観的になる必要はない。LINE全盛の時代はむしろ、インスタントな時代の風潮に逆らって、自分の頭で自分の思想を編もうとする人の希少価値を高めることにもなる。だから、これからの世代への”置き手紙”を書くとすれば、「自分の頭で考えをまとめ、それを表現できる人になりなさい」と、声を大にして言いたい。

そしてそのことを、「ゲス不倫」や「日本死ね」など、物騒な言葉が流行った年の、せめてもの教訓としたい。

(著者のブログより転載)

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